ノワールの極北

 年が明けてから初めて劇場に足を運んで観た作品が「哀しき獣」だ。今年の1本目がこの作品だったなんて、なんともパンチが効いている。あの「チェイサー」の監督の新作だ! と騒がれていたので、絶対に観逃してなるものか! と心に決めたのだ。

 

 この作品は、監督にとってはたったの2作目で、つまり「チェイサー」は信じがたいことに長編監督デビュー作だったわけだ。ありえない! それであのクオリティーは神業だとしか言いようがない。たしか、若松孝二監督も絶賛していたと思う。それで観に行ったんだった。

 

 キャストはというと、前作の主演2人が入れ代わるかたちになっている。善と悪、というかそもそもそんなものこの作品には存在しないが、要するに、追う側と追われる側が反対になったようだ。この二人とあと何人かを中心に、とてもバイオレンスで滑稽なおいかけっこが繰り広げられる。それを、非常に真面目に几帳面に撮っているのだから、なおさら笑える。また、実際に笑えるシーンもあって、ウインナーのくだりは最高だった。

 

 この2人の演技力が素晴らしい。特に、追う側の人、キム・ユンソクという俳優さんは、狂犬病にかかったかのような、完全に目がイッている演技を披露していて、背筋が凍りつく。ちなみに、追われる側のハ・ジョンウという役者さんは、「ノーボーイズ、ノークライ」で妻夫木聡と共演していた。僕はその作品も観ていたので、彼の出演作を観るのはこれで3作目となる。

 

 「哀しき獣」、前作と比べてもう規模が違う。なにせ、韓国映画では史上初のハリウッド・メジャースタジオが出資しているのだから。車は何台もつぶれるわ、斧を振りまわしてざっくざっくいわせるわ。とどめには、カット数は5000にも及ぶというし、バイオレンスシーンは250もあるというのだ! って10年くらい前の三池崇史か! 前作で儲けるだけもうけたから、やりたいこと詰め込みまくってやったぜ! という感じだろうか。それを前面におしだしている様が、なんとも痛快だ。また、タランティーノやキタノに対するオマージュかしら? と思えるようなシーンもあって、彼の映画愛を感じる。

 

 カット数がそんなにあるということは、すなわち、テンポが容赦なく速い。ダーレン・アロノフスキーの「ブラック・スワン」でも相当速く感じたのに、この作品はそのまた先を行く。BPMでいうと150は軽く超えているだろう。そのせいもあってか、ストーリーがちょっとわかりにくい嫌いもあるのだが、そう思ってしまうことが監督の狙いで、まんまと罠にはめられるわけだ。もう一回観てしまうという。ただ、いろいろ探していると、とてもわかりやすい解説をしていらっしゃる方を見つけた。もう、あんな映画二度と観たくないわ! でも、ちゃんとした解釈はしておきたい! そんな方は、こちらをご覧になってはいかがだろう。もちろんネタバレ必至!

 

 「この闇には、一縷の光さえ届かない」それがこの作品のキャッチコピーだが、光というものが効果的に使われている。別に明るくも暖かくもない、ただの物悲しく冷たい光。そのことによって、闇というものが引き立っている。まさにノワールの極み。

 

 現在の良質な韓国映画の勢いは誰にも止められない。そんな中で最も我々をエンターテインしてくれる人物、それがナ・ホンジンだ!

 

「哀しき獣」公式サイト:http://kanashiki-kemono.com/