got me a movie,i want you to know

「映画を手に入れた、わかってほしい」

 

 いったい今、どれくらいの人に、このパンチラインを理解してもらえるのかはわからないし、彼が手に入れたのは「アンダルシアの犬」だと思うけれど、とりあえず僕は映画を観たということだ。劇場に観に行った作品としては、今年に入ってから2作目。元々は、「ちょっと面白そうだな」くらいの印象で、別に観に行こうとはほとんど思っていなかった。しかし、ある女優さんがえらく感動したということを新聞で知り、決意した次第である。

 

 脚本、カメラワーク、編集、どれを取っても見事だった。特に述べておかなければならないのは、音楽の付け方だろう。と言うよりむしろ、ほとんどそれ自体は鳴っていなかったので、音楽の抜き方と言ったほうがいいかもしれない。このことにより、観客は映像に集中することになり、感情を無理矢理コントロールされることなく、それの意味を求めることになる。

 

 この作品の監督は、映画の自由のために亡命したというイラン人の監督。しかし、今回の作品は極めて日本的。その矛盾がとても興味深い。映画が本来持っていた意味を、クロサワ、ミゾグチ、オズ、シンドウなどに見出し、それを表現したかったのかもしれない。主演の俳優はかなりの映画好きで知られている。所謂シネフィルであろう。最近はテレビドラマやコマーシャルなどでも活躍しているが、主軸は映画に置いているのだろう。

 

 ストーリーは非常に単純で、そこがまた良かった。最近はねじくれ曲がったものが多いから、異質と言えば異質。しかし、本来の映画の持っていた魅力というのはこういうものなのだ!と言われているようで、観ているこっちが間違っていたのだと気付かされる。それだけの力がこの作品には確かにある。構造も単純な二項対立で、一方は攻撃をし、もう一方はされるだけ。これが、いま現在、アート映画というものがどれだけ追い込まれているかの象徴として、良く効いている。ただ、手法としては、音楽で言うところのサンプリングを多用していることもあって、かなりヒップホップ的。ジャジーさはないけれどQティップな感じがした。

 

 主人公は殴られる。何のために? それはもちろん、守るためにだ。何を? 映画をだ。映画の真の芸術性を、真の娯楽性をだ。何から? それは、エンターテインメントと銘打った、エイガのふりをした売春行為からだ。ちなみに、主人公を殴るのは、あのトリックスター村田で、そこが最高に笑える。

 

 それにしても、主人公を演じた彼は先述した通りかなりのそれだと思うので、パーソナルな部分をかなり役に反映したのではないだろうか。現場でもかなり監督に追い込まれただろうな。もしかして地でやってるだけじゃね? そう思わせるほどの憑依ぶりだった。表情の作り方が見事!

 

 そして、この作品、ラストのラストが問答無用に素晴らしい。たった一言のセリフでここまで作品の印象が変わるとは! まさにアート映画の勝利宣言。タイトルと絶妙にシンクロしているところが、シャレも効いていて良い。ニュアンスで言うと、昨年の山下敦弘監督作「マイ・バック・ページ」に似ているのでは? 僕はこのラストのために1万円払ってもいい、そう思えるくらい清々しい涙を流すことができた。

 

 映画への愛情だけで作られたようなフィルム(デジタルで観たのだが)、それが、西島秀俊主演、アミール・ナデリ監督作の「CUT」だ。

 

「CUT」オフィシャルサイト:http://bitters.co.jp/cut/